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川村怜の経歴と出身大学は?視力がほぼ無い障害の原因やサッカーを始めた年齢は?

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パラリンピックで注目の選手がテレビで放送されました。

 

ブラインドサッカーと言う競技があることを初めて知ったのですが、とても興味深いです。

目がほとんど見えない全盲に近い選手たちがどのようにしてサッカーが出来るのか?

 

人間の能力の高さに改めて感動しています。

 

2020年のパラリンピックでは、5人制サッカー(ブラインドサッカー)も競技として注目を集めています。

日本の代表として登場する可能性が高い、川村怜さんの経歴や魅力をまとめていきたいと思います。

 

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川村怜のプロフィール

名 前  川村 怜(りょう)

生年月日 1989年 2月 13日(30歳) 2019年現在

身 長 169cm

体 重 63キロ

出身 大阪府東大阪市

所 属 アクサ生命保険Avanzare(アヴァンツァーレ)つくば

ポジション/クラス FW・MF

 

5人制サッカーのエースとして2020年のパラリンピックで活躍が期待される、注目の選手です。

 

憧れの選手は?

サッカーに憧れたのは当時ジュビロ磐田で活躍していた中山雅史さんのプレーを見てファンになったと言われています。

 

当時7歳だった、川村怜さんはサッカー選手になりたいという夢を叶えました。

 

幼少期から病気により視力が低下し、手術を受けても回復しない視力でサッカーが困難になりました。

 

一度は鍼灸師になりサッカーの情熱が消えたのですが、ブラインドサッカーと出会い今こうして日本のトップとして活躍しています。

 

 

 

ブラインドサッカーの主な戦績

2014年

インチョン2014アジアパラ競技大会(韓国) 銀メダル

2014年
IBSA世界選手権(東京) 6位
2014年
日本選手権 ※MVP受賞
2015年
IBSAソウルワールドゲームス(韓国) 5位
2015年
IBSAアジア選手権(東京) 4位
2015年
クラブチーム選手権 ※MVP受賞
2016年
ネイションズカップライプツィヒ2016(ドイツ) 優勝
2017年
IBSAアジア選手権(マレーシア)5位

日本財団パラリンピックサポートセンター参照

 

川村怜の出身大学と職業は?

 

川村怜さんの最終学歴は「筑波技術大学」です。

保健科学部 産業技術学部が主な先行学科として有名な大学ですが、筑波技術大学は視覚障害者や障害者に優遇した大学という印象があります。

 

川村怜さんの現在の仕事はアクサ生命セラピストとして活躍して、2017年広報部へ異動されています。

保険会社でどのような仕事をされているのかも気になりますが、障害者が社会で仕事ができる環境を作っているのは素晴らしいことです。

 

どんな状況になっても人間らしく生活できるという社会があるという事が川村怜さんのことを知ることでわかりました。

 

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川村怜の障害原因や苦労は?

 

川村怜さんは小学1年の頃からサッカーを始めています。

5歳のときにぶどう膜炎を発症し、7歳の頃に頭部を強打してその影響で視力が0.1以下に落ちました。

手術を受けてもほぼ視力が回復しない状況で大学入学時にはほぼ見えなくなり、2013年には全盲と診断されました。

 

ブラインドサッカーは恐怖だった!

大学入学で出会ったブラインドサッカーとの出会いは運命的で、サッカーの経験はあったのですが、その恐怖と指示で動くということになれずにかなり苦労されたそうです。

 

ブラインドサッカーを始めた頃は全くうまく行かなかったが、地道な努力で今現在の地位を手にしています。

 

ブラインドサッカーのルールや競技人口

 

ブラインドサッカーは世界中で視覚障害者の方でプレイされている競技です。

日本では約400人ほどの競技人口と言われています。(2017年のデータ)

 

すごく難しいブラインドサッカーの凄さ

競技のルールは5人制サッカーと言われているので全部で5人のチームで戦います。

キーパーは晴眼(見えている人)や弱視の人と決められています。

 

その他の選手は目にマスクをして全く視界がない状態でプレイをします。

 

サッカーボールの中には音がなるものが入っていてシャンシャンという音を頼りにボールを蹴っていきます。

 

キーパーの指示とボールの音を頼りにゴールを決める姿は人間の未知なる可能性を感じます。

 

まとめ

 

今回は2020年に開催されるパラリンピックの5人制サッカーで注目される川村怜さんについてまとめていきました。

 

幼少期は目が見えていましたが、病気により2013年に全盲となりました。

 

パラリンピックのブラインドサッカーの代表として参加する可能性が高い川村怜選手は、健常者がするサッカーとブラインドサッカーの両方を経験されている方でもあります。

 

全く見えない状態でサッカーをする恐怖となれないルールに戸惑いながら地道な努力を繰り返してきた結果今の地位を手に入れた川村怜選手の生き様が素晴らしいです。

 

日本代表としてパラリンピックの舞台で活躍する姿を早くみたいです。

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