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渋沢栄一が新紙幣の顔に!1万円の肖像人物の経歴と韓国の反応は?

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新紙幣が20年ぶりに新しくなります。

 

2024年頃から、新しい紙幣の顔が印刷されたお札を使用できます。

新紙幣に選ばれた方は、いずれも歴史上に名を残して、日本の枠を超えて、世界で活躍した人ばかりです。

 

今回、1万円札に選ばれた「渋沢栄一」さんという方はお名前は聞いたことがありますが、どのような経歴なのか、功績はどのようなものなのか詳しく知っている人は少ないかもしれません。

 

新紙幣の顔になる、渋沢栄一さんの経歴や功績を学んでいきましょう。

 

渋沢栄一さんの経歴・功績

 

 

氏名   渋沢栄一(しぶさわえいいち)

生年月日 1840年2月13日(天保11年)

享年   91歳

出身地  武蔵国榛沢郡血洗島村(現・埼玉県深谷市血洗島)

職業   幕臣、官僚、実業家、教育者

 

渋沢栄一さんの略歴

 

ニュースなどで取り上げられている通り、日本国の新紙幣の1万円札に渋沢栄一さんが選ばれました。

渋沢栄一さんといえば、「資本主義の父」といわれていますが、なぜそのように言われるのかをまとめていきます。

 

渋沢栄一さんは父市郎右衛門元助と、母エイの間に生まれました。

出生したときの名前は栄二郎ですが、後に栄一郎、篤太夫、篤太郎と名乗り、最終的に栄一と名乗っていました。

 

渋沢栄一さんの生家では、豪農という、富と、力がある農家で他の家庭よりもかなり裕福な家に生まれています。

 

坂本龍馬さんとも接点?

幼少期から父親からの英才教育を受けて、学問と剣術を学びます。

北辰一刀流の剣術を学んでいましたので、もしかしたら坂本龍馬さんと接点もあったのかもしれませんね。

 

19歳で結婚をしています。

青年期には剣術修行で関わった勤皇志士との影響で、高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜を焼き討ちにしたのち長州と連携して幕府を倒すという計画をたてる。

 

親に迷惑をかけては行けないということで、親子関係を勘当して京都に移ります。

 

渋沢栄一は、海外への視察のためにフランスやヨーロッパ諸国に行き、株式会社制度などを学び、大政奉還後には商才を発揮します。

 

 

その後、当時の大蔵省に入省し官僚としても活躍していました。1873年(当時33歳)に退官します。

退官後すぐに、現在のみずほ銀行にあたる第一国立銀行の頭取に就任し、以降、実業家として活躍の場を変えます。

 

資本主義の父と言われる理由として、今でも日本の企業として活躍している有名な会社の設立に関係しているということです。

 

日本を代表する企業の設立に関わる

名前を聞いてすぐに分かるようなビックネームの企業ばかりですから、その才能は計り知れませんよね。

例えば、東京海上保険、王子製紙、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡、明治製菓、その他名だたる企業の立ち上げに関わっています。

 

今で言えば、コンサルティングという立場で、約500以上の経営を指導してきた功績があります。

 

渋沢栄一さんが新紙幣の顔で韓国が批判?なぜ

 

実は、今回新紙幣の顔に選ばれた渋沢栄一さんは韓国に深い関わりがあることがわかりました。

 

韓国・ソウルの観光地の明洞、1912年に日本が統治していた年に朝鮮銀行本店がありました。

現在は、韓国の紙幣博物館になっているその展示物の一箇所に、、渋沢栄一の肖像画が描かれているお札があります。

 

当時、渋沢栄一は日本最初の銀行の第一銀行の頭取で、朝鮮半島を統治大韓帝国に支店を置いていました。

 

第一銀行が朝鮮半島に進出したのは1878年の頃です。

 

当時の韓国のお札の肖像画、日本人だという事実があります。

 

異国の人物の顔が自分の国のお札の顔になっているという歴史的な事実には昔の日本のやり方や韓国の人たちはどのように考えていたのか、今では想像をする他ないのです。

 

ただ、今回日本の新紙幣の顔が、渋沢栄一になったことによって、韓国政府側は批判しているようです。

 

しかし、どんなことをしても日本を批判する韓国政府は、この紙幣に関しては今に始まったことではありません。

 

福沢諭吉も伊藤博文の紙幣も批判されていた

 

当時の韓国のアン・ジュングンに射殺された、伊藤博文は過去に日本の千円札の紙幣の顔でした。

そのことでも、日本に来た韓国人が千円札の釣り銭を財布に入れたくなくて、すぐに使ったという話もあるくらい、韓国では伊藤博文さんの紙幣に批判がありました。

 

福沢諭吉の1万円札についても、「脱亜論」で朝鮮を「野蛮以下の国」と酷評して侵略するよう扇動したということを、当時の戦争を促した人物として忌み嫌われています。

 

そのようなことで、日本の新紙幣に選ばれた渋沢栄一さんだけは、韓国人の感情を逆なでる人物だということです。

 

歴史というものは、各国で自国の都合の用意ように解釈される傾向があります。

実際に日本の歴史だって、本当に現存する文献が正しいのか微妙なところです。

 

世界の歴史をその国の視点に立って学ぶことや、世界の人たちとの交流を持つことで、本当の歴史というものが学べるのかもしれません。

 

ただ、日本人にとっては、「資本主義の父」です。

 

渋沢栄一さんの記念館や資料はどこにある?

日本人として、渋沢栄一さんは資本主義を確立して、日本が世界に誇る企業をたくさん排出した功績は素晴らしいものです。

 

渋沢栄一さんの言葉に「人との付き合いで最も大切なことは、相手に誠意を尽くす事にある」

 

そのように人間関係の重要さを発信してきた渋沢栄一さんの詳しい生き様を学ぶことができる記念館が地元の埼玉県にあります。

 

今回の新紙幣の顔に選ばれた渋沢栄一さんのことを学びたい方は是非足を運ぶことをおすすめします。

渋沢栄一さん記念館の住所

〒366-0002
埼玉県深谷市下手計1204

 

まとめ

 

日本の新紙幣の顔が決まり、国内外でも賛否両論や批判が一部でありました。

 

過去にお札の顔として選ばれる人は、紛れもなく日本に貢献し功績があり、素晴らしい経歴の持ち主だということは間違いありません。

 

1万円札の渋沢栄一さん、5千円札の津田梅子さん、千円札の北里柴三郎さんらの地元の方は誇らしく喜んでいるようです。

新しいお札の発行は2024年ごろだと言われて、デザインもかなり字が大きく表記されると言われています。

 

早く新しいお札を手に取りたいものです。

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